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いまをつむぐところ
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3分の重さと軽さ

学会参加のために千葉に来ています。
7日間の長丁場(おかあちゃん、迷惑かけます)。
万一津波が起こっても大丈夫なようにとやや標高の高い所に
宿をとったものの、10階の部屋・・・。

会場への電車旅。
久しぶりの都会をオブザベーション。
田舎(?)から出てくるといろいろ感じます。

総武線の車中でいたましい放送が流れました。
「秋葉原で7時15分に人身事故がありました。
その影響で全車遅れて運行しております。」
声から重大な事故が起こったことが分かります。

放送を聞きながら、窓の外に広がる都会の風景を見ていると、ふと、
ホテルで朝食を出してくださったおばさんの笑顔が浮かびました。
温かな心配り、やさしい言葉、山村でごちそうをいただいたときの
おばさんの笑顔となにも違わない。違うのは、受ける人たちの無表情。

海。
人は波。
この中でもがき苦しんでいる人がどれほどいるのだろう?
重荷を背負いながらも都会に住まざるを得ない状況を思うと胸が痛みます。

西船橋駅の手前で、同じ声で放送が入りました。
「3分遅れでの到着です。お急ぎのところ大変申し訳ありません」

なぜ?
こんな放送が必要?
この3分のために、神経をすり減らしている人がどれだけいるか。
この3分間、黙とうを捧げるべきではないでしょうか。

西船橋で15分ほど遅れて武蔵野線の電車が来ました。
乗り口に向かう人の動き、電車から飛び降りる人の重み。
ホームはゆっくりと電車側へ傾き、そしてゆらゆらと揺れています。

ホームを離れ、窓から景色を見ると、
電車はマンションの5階の高さを走っています。

これだけの人の流れを想定して駅を作ったのだろうか。
こんな状況を想像できる人はいないんじゃないかと思います。
もし想像できていたとしたら、防ぐ対策を考えたはず。

時は流れ、世は変わっていきます。人も変わっていきます。
いろいろなものが、限界に近付いている気がします。

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生まれ変わる(2)知る恐怖を乗り越えよう

情報化社会と言われ、知ることに重点が置かれる中で
好奇心があふれかえっているように見えます。

しかし、知りたいけれど知るのが怖い、
そう感じることってたくさんあります。

入学試験の結果、合否どちらだろうか。
あの子は私と付き合ってくれるだろうか。
あとどれほどのことを自分は学ばねばならないのだろう。

潜在的な恐怖によって知ることをちゅうちょしてしまいます。

原子力発電ってどのくらい危険性があるのだろうか。
地震はいつ起こるのだろう、起こったらどんなことになるのだろう。
地震が発生するメカニズムは?

私たちは地震、原子力発電についても知ることを怖がっていた気がします。

私たちは「知る」以上の恐怖を経験しています。
そして、「恐れるあまりにひとまかせにしてきたのだ」と今気づいたのです。

何が起こっているか。
恐れずに注視しなければなりません。
知る恐怖を乗り越えて、未来に備えなければなりません。

その重みを今受け入れて、あらためてみんなで学んでいきましょう。
人間と科学を一段と深く理解できる素養を育むために
教育を立て直しましょう。

正しく知ってから、この国の未来を考えましょう。

内田樹さんが、原発というあらぶる神と人間がどう付き合ってきたか、
という分析をされています。おもしろい視点です。

内田樹の研究室「荒ぶる神の鎮め方」

原子力の恐怖なんて受け入れているよって方、
知るのなんて怖くないよって方に
ぜひ読んでもらいたいなと思います。

怖がらずに。


生まれ変わる(1)新しい日本へ

東北地方太平洋沖地震が起こってから半月が過ぎました。
3月11日を境に世界が変わってしまったように思えます。

20万人もの方々が亡くなった2004年のスマトラ北部の地震で
それほどの衝撃を受けなかったことと比べると、いかに自分が
自己中心的なものの考えをしているかが分かり、恥ずかしい限りです。

時と空間の距離を気持ちと記憶が越えていくのは難しいことです。
それは私たちが「いま、ここ」を生きる存在であることの裏返しかもしれません。
だからこそ、今、浅はかな考えであっても、書き留めておくことに意味がある気がしています。

大災害を前にして日本人の落ち着きぶりに海外から称賛の声が上がっていると聞きます。
しかし、非常事態において、さまざまな問題がつぎつぎに浮上してきています。
エネルギー、インフラ、メディア、教育、産業、政治、そして価値観。
平穏な社会情勢では表立って見えていなかった問題をしっかりと認識し、
そして新しい日本を作るために考えていくことが大切です。

メディアについて。

震災の初期において、テレビによる批判、追求型の報道によって国民の不安が増しました。
専門家は原発推進派と反対派の本性を抑えられず、問題点を過剰に挙げたり、
技術の高さを強調したり、といったアンバランスさが見られました。
知的レベルの高い人たちでも平時の姿勢を転換することは難しいということだと思います。

ラジオから流れてくる情報は比較的落ち着いています。
枝野さんの一言一言しっかりと話される談話は、たのもしく聞こえてきます。
言えることを正確に伝える。誤解を与える可能性のある情報は短い解説を加える。
非常に素晴らしいスポークスマンだと感じました。

しかし、テレビで映像と共に聞くと印象が違いました。伝わってこないのです。
その要因は、テレビでは映像が動きすぎることだと思います。
談話の様子をいろんな角度から映し絵が動くためにじっくりと話が聞けません。
そして周縁で常に文字情報が動いています。これが不安定な印象を与えます。
だめ押しはキャスターの落ち着きのない表情です。
私は1分と見ていられませんでした。

真実を知ろうとするとき、情報が多いことは必ずしもよい方には働きません。
本質を理解し、どう行動するかを判断する、頭の働きを促す余裕が必要です。

6,7年前には、節度のない追求や批判がテレビにあふれるようになっていて、
私たち夫婦は見るに堪えなくなってテレビを捨ててしまいました。
日ごろ視聴者の不安をあおって頭の働きをおかしくして儲けていたメディアです。
非常時に適切な行動を取ろうと思っても備えがなければ難しいでしょう。

これを機に報道、番組づくり、情報発信の姿勢を見直してほしいものです。
お互いを認め、尊重しあう日本となるために、メディアの力が必要です。

つづきはまた後日。

東北日本太平洋沖地震

3月11日午後3時すぎ、東日本の沖で発生した巨大地震の揺れが金沢に届いたとき、
私は大学の一階にある実験室で、学生と共に岩石に含まれる鉱物の分析をしていました。

防振台の上に乗っている装置の揺れに学生が気づき、装置に何がが起こったか、と
内部の異常を考えているうちに(15秒ほどでしょうか)、ゆらりゆらりと床の揺れが始まり、
地震と気付いたのでした。

縦揺れがなく、これまで感じたことのない周期と継続期間の長さ、振幅の大きさに
遠方で巨大な地震が起こったと直感的に分かりました。揺れの間、装置が破損しないか
見守りながら、建物のきしむ音が聞こえないか耳を澄まし、落下物の危険性を
確認していました。



こころゆるむところ

誰にでも一年に一度は訪れたいところがあると思います。
こころのアースのようなところ。
私にとって串原はそんなところです。

2月最後の週末に家族と共に行ってまいりました。

串原に住むススムさん一家の方たちとお話ししていると、
知らないうちにこころの内側に押し込めていた思いが表に出てきて
あ、こんなこと自分は考えていたんだ、なんて思いながら、
話すほどに、いろんなこだわりがほぐれてきて、
気づくと肩の力が抜けてしまっているのです。

こどもたちはすべてを受け止めてもらって、エネルギー全開!
こんな力があったんだー、と驚かされること度々なのです。

ススムさんたちの「それいいんだよー」オーラが私たち夫婦の理想。
いつまでたっても近づける気がしないのですが・・・。
(むしろ遠ざかっている?→私)

初めてお会いしたのは私が博士課程の学生をしていたころ。
ものすごい回り道をして、ようやく研究に真正面から向き合えるように
なってきた、甘っちょろい自分を、全部伝えたくなってしまって、
長い長い自己紹介をしてしまったのでした。人生初めてのこと。

そんな体験をした学生さんがいたことを名古屋大学のだいず先生
(直接にお話ししたことはないのですが、ひそかに目標としている先生です)
がブログで教えてくださいました。

心配せず安心せず

学生とこんな風に向き合うことができるものなのでしょうか?
心配の固まりであり、一方で安心(油断)の固まりでもある若者たち。
そのままでいいよ、なんてとても言えないのが今の心境です。
毎日、逆のことをしてしまっています・・・。

しかーし。

「こころゆるむところ」を作る。
やっぱり目指すところはここだよね。
矛盾を抱えながらも、進んでいきたいと思います。

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