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いまをつむぐところ
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引っ越し前夜

いよいよ明日。
引っ越しです。

荷詰めしていただいた段ボールの横で、
明日の段取りを確認したり、
思えば多くの人にお世話になったなあ、としみじみしたり、
(これはスパイスちゃんの社交力のお陰だなあとしみじみしたり)
して、過ごしています。

話題はついつい震災と日本の未来へと及び、
私たちには大きな方向転換を迫られているように感じられるのに
周囲の方々はいたって平静で、私たちはあわてんぼなのかなあ、
と自問したり、いや、変人なのかも知れないなあ、と開き直ったり
しています。

今日読んだ内田樹さんの記事は私にとってはつぼでした
リスクヘッジについて (内田樹の研究室))。
・「秀才」は平時においてその能力を発揮するものである。
・「先駆的直感」の働く者が非常時に力を発揮する。
・この「有事対応型」を育てるための「変人枠」が教育に必要である。
なんだか思いっきり自分を肯定してもらった気分。

「ざわざわ感」
論理的には説明しきれない感覚があります。
地球科学、自然との向き合い方、国の行方。
大きく変化していく気がしてならないのです。
この「ざわざわ感」を言語に変換する作業が、
日本社会の方向性を考える糸口になる気がします。
学生と共に備えていきたいと思っています。

ところで。

引っ越し前夜までネット環境を保って、
こんな記事を書いている自分。
未来への適応力はどんなもんなんでしょうね。
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生まれ変わる(1)新しい日本へ

東北地方太平洋沖地震が起こってから半月が過ぎました。
3月11日を境に世界が変わってしまったように思えます。

20万人もの方々が亡くなった2004年のスマトラ北部の地震で
それほどの衝撃を受けなかったことと比べると、いかに自分が
自己中心的なものの考えをしているかが分かり、恥ずかしい限りです。

時と空間の距離を気持ちと記憶が越えていくのは難しいことです。
それは私たちが「いま、ここ」を生きる存在であることの裏返しかもしれません。
だからこそ、今、浅はかな考えであっても、書き留めておくことに意味がある気がしています。

大災害を前にして日本人の落ち着きぶりに海外から称賛の声が上がっていると聞きます。
しかし、非常事態において、さまざまな問題がつぎつぎに浮上してきています。
エネルギー、インフラ、メディア、教育、産業、政治、そして価値観。
平穏な社会情勢では表立って見えていなかった問題をしっかりと認識し、
そして新しい日本を作るために考えていくことが大切です。

メディアについて。

震災の初期において、テレビによる批判、追求型の報道によって国民の不安が増しました。
専門家は原発推進派と反対派の本性を抑えられず、問題点を過剰に挙げたり、
技術の高さを強調したり、といったアンバランスさが見られました。
知的レベルの高い人たちでも平時の姿勢を転換することは難しいということだと思います。

ラジオから流れてくる情報は比較的落ち着いています。
枝野さんの一言一言しっかりと話される談話は、たのもしく聞こえてきます。
言えることを正確に伝える。誤解を与える可能性のある情報は短い解説を加える。
非常に素晴らしいスポークスマンだと感じました。

しかし、テレビで映像と共に聞くと印象が違いました。伝わってこないのです。
その要因は、テレビでは映像が動きすぎることだと思います。
談話の様子をいろんな角度から映し絵が動くためにじっくりと話が聞けません。
そして周縁で常に文字情報が動いています。これが不安定な印象を与えます。
だめ押しはキャスターの落ち着きのない表情です。
私は1分と見ていられませんでした。

真実を知ろうとするとき、情報が多いことは必ずしもよい方には働きません。
本質を理解し、どう行動するかを判断する、頭の働きを促す余裕が必要です。

6,7年前には、節度のない追求や批判がテレビにあふれるようになっていて、
私たち夫婦は見るに堪えなくなってテレビを捨ててしまいました。
日ごろ視聴者の不安をあおって頭の働きをおかしくして儲けていたメディアです。
非常時に適切な行動を取ろうと思っても備えがなければ難しいでしょう。

これを機に報道、番組づくり、情報発信の姿勢を見直してほしいものです。
お互いを認め、尊重しあう日本となるために、メディアの力が必要です。

つづきはまた後日。

東北日本太平洋沖地震

3月11日午後3時すぎ、東日本の沖で発生した巨大地震の揺れが金沢に届いたとき、
私は大学の一階にある実験室で、学生と共に岩石に含まれる鉱物の分析をしていました。

防振台の上に乗っている装置の揺れに学生が気づき、装置に何がが起こったか、と
内部の異常を考えているうちに(15秒ほどでしょうか)、ゆらりゆらりと床の揺れが始まり、
地震と気付いたのでした。

縦揺れがなく、これまで感じたことのない周期と継続期間の長さ、振幅の大きさに
遠方で巨大な地震が起こったと直感的に分かりました。揺れの間、装置が破損しないか
見守りながら、建物のきしむ音が聞こえないか耳を澄まし、落下物の危険性を
確認していました。



こころゆるむところ

誰にでも一年に一度は訪れたいところがあると思います。
こころのアースのようなところ。
私にとって串原はそんなところです。

2月最後の週末に家族と共に行ってまいりました。

串原に住むススムさん一家の方たちとお話ししていると、
知らないうちにこころの内側に押し込めていた思いが表に出てきて
あ、こんなこと自分は考えていたんだ、なんて思いながら、
話すほどに、いろんなこだわりがほぐれてきて、
気づくと肩の力が抜けてしまっているのです。

こどもたちはすべてを受け止めてもらって、エネルギー全開!
こんな力があったんだー、と驚かされること度々なのです。

ススムさんたちの「それいいんだよー」オーラが私たち夫婦の理想。
いつまでたっても近づける気がしないのですが・・・。
(むしろ遠ざかっている?→私)

初めてお会いしたのは私が博士課程の学生をしていたころ。
ものすごい回り道をして、ようやく研究に真正面から向き合えるように
なってきた、甘っちょろい自分を、全部伝えたくなってしまって、
長い長い自己紹介をしてしまったのでした。人生初めてのこと。

そんな体験をした学生さんがいたことを名古屋大学のだいず先生
(直接にお話ししたことはないのですが、ひそかに目標としている先生です)
がブログで教えてくださいました。

心配せず安心せず

学生とこんな風に向き合うことができるものなのでしょうか?
心配の固まりであり、一方で安心(油断)の固まりでもある若者たち。
そのままでいいよ、なんてとても言えないのが今の心境です。
毎日、逆のことをしてしまっています・・・。

しかーし。

「こころゆるむところ」を作る。
やっぱり目指すところはここだよね。
矛盾を抱えながらも、進んでいきたいと思います。

2011_02_26c.jpg






ご縁があれば・・・

2週間前の土曜日。
卒論発表会が終わってほっとしていた私に、 
おかあちゃんがチラシを差し出してくれた。

「いいところに貸し家が出てるよ。」

「よし見に行こう。」


不動産屋さんに電話して1時間後には子供たちと共に訪問。

「いい家ですねー。」 スパイスちゃんも気に入った様子。

「ご縁がありましたら・・・」 全く押しの無い不動産屋さん。

「もう少し考えてみます」なんて返事をする私。


考えるも何も心は決まっているのである。
その晩は自分たちの本当の暮らしを作っていける場所に
出会えた喜びをかみ締めて、翌日入居をお願いした。

不思議なほどに希望を感じた日。
与えられたものではなく、自分で選んで暮らす。
この3年間に、何が足りなかったのかが分かった。

この縁を信じて進んでいこう。
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