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いまをつむぐところ
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東北地方太平洋沖地震が起こってから半月が過ぎました。
3月11日を境に世界が変わってしまったように思えます。 20万人もの方々が亡くなった2004年のスマトラ北部の地震で それほどの衝撃を受けなかったことと比べると、いかに自分が 自己中心的なものの考えをしているかが分かり、恥ずかしい限りです。 時と空間の距離を気持ちと記憶が越えていくのは難しいことです。 それは私たちが「いま、ここ」を生きる存在であることの裏返しかもしれません。 だからこそ、今、浅はかな考えであっても、書き留めておくことに意味がある気がしています。 大災害を前にして日本人の落ち着きぶりに海外から称賛の声が上がっていると聞きます。 しかし、非常事態において、さまざまな問題がつぎつぎに浮上してきています。 エネルギー、インフラ、メディア、教育、産業、政治、そして価値観。 平穏な社会情勢では表立って見えていなかった問題をしっかりと認識し、 そして新しい日本を作るために考えていくことが大切です。 メディアについて。 震災の初期において、テレビによる批判、追求型の報道によって国民の不安が増しました。 専門家は原発推進派と反対派の本性を抑えられず、問題点を過剰に挙げたり、 技術の高さを強調したり、といったアンバランスさが見られました。 知的レベルの高い人たちでも平時の姿勢を転換することは難しいということだと思います。 ラジオから流れてくる情報は比較的落ち着いています。 枝野さんの一言一言しっかりと話される談話は、たのもしく聞こえてきます。 言えることを正確に伝える。誤解を与える可能性のある情報は短い解説を加える。 非常に素晴らしいスポークスマンだと感じました。 しかし、テレビで映像と共に聞くと印象が違いました。伝わってこないのです。 その要因は、テレビでは映像が動きすぎることだと思います。 談話の様子をいろんな角度から映し絵が動くためにじっくりと話が聞けません。 そして周縁で常に文字情報が動いています。これが不安定な印象を与えます。 だめ押しはキャスターの落ち着きのない表情です。 私は1分と見ていられませんでした。 真実を知ろうとするとき、情報が多いことは必ずしもよい方には働きません。 本質を理解し、どう行動するかを判断する、頭の働きを促す余裕が必要です。 6,7年前には、節度のない追求や批判がテレビにあふれるようになっていて、 私たち夫婦は見るに堪えなくなってテレビを捨ててしまいました。 日ごろ視聴者の不安をあおって頭の働きをおかしくして儲けていたメディアです。 非常時に適切な行動を取ろうと思っても備えがなければ難しいでしょう。 これを機に報道、番組づくり、情報発信の姿勢を見直してほしいものです。 お互いを認め、尊重しあう日本となるために、メディアの力が必要です。 つづきはまた後日。 PR コメントを投稿する
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